「病院オープンデータを用いた経営指標の選別と経営要素の抽出」をテーマに、健全な病院経営のための医療版戦略マップの構築、に向けた研究分析を行いましたので、ご報告いたします。

1. 病院オープンデータを用いた
経営指標の選別と経営要素の抽出
－共分散構造分析を用いた医療版戦略マップ構築に向けたアプローチ－
1.背景
2.先行研究 ※
3.目的 ※
4.概念図
5.方法
6.結果
7.考察
8.総括
＜目次＞
慶應義塾大学大学院 健康マネジメント研究科
医療マネジメント専修 神戸 翼 2015/12/5

2. 48%
52%
■赤字の病院 ■黒字の病院
n＝834
78 77
19 18
175
191
78
94
54 50
0
50
100
150
200
250
経営主体別全数割合
経常損失
766億
2729万4千
経常利益
887億
9732万8千
2
背景：自治体病院のおよそ半数が赤字経営
出典：総務省「地方公営企業年鑑（2012）,（2013）」
35
102
137
55 58
31 26
0
50
100
150
■ 自治体病院の５２％が赤字を計上し、その額はおよそ７６６億円にのぼる。
■ 経営主体にかかわらず、約半数近くが赤字計上である。
■ 病床規模によって、赤字計上の病院数は変化し、100～200床で最大数※である。
病床規模別
施設数
施設数
※ 注) 全体の施設数を考慮していない。

3. 先行研究：黒字経営の鍵は、ある要素と戦略マップ
• 病院の収支に対して、さまざまな要素が関係する。特に病床規模は大きな要因のひとつ。
（大坪徹也(2008) 自治体病院の医業収支推移に関する規模別要因分析 / 日本公衆衛生雑誌,55(11)）
• 民間病院においては、「規模と範囲」「収益性」「病院設備の整備・稼働状況」「慢性
期疾患対応度」「地域特性・環境」というカテゴリが抽出された。
（河口洋行（2005）多変量解析を利用した民間病院の経営指標のベンチマーキング手法 / 医療と社会,15(2)）
3
 病院の黒字経営に対して、影響を与える”要素”が存在する。
• 医療機関におけるBSCの導入は、収益に関連する財務指標との相関があった。ただ、
BSC構築時の的確な指標選択は言及されていない。
（岩佐嘉美 (2014) 自治体病院におけるバランスト・スコアカード導入と財務指標の相関関係 / 日本医療経営学会誌,8(1) ）
• BSC実践度は財務業績にマイナス、無形資産を通じてプラスに働く。BSCのないように
より、結果が異なる可能性が示唆された。
（乙政佐吉 (2011) わが国製造企業におけるバランス・スコアカードの効果に関する実証的研究 / 原価計算研究,35(2) ）
 「経営指標」と「医療の質の指標」の関係性は、Balanced
Score Card（BSC）※の”戦略マップ”にて体系化が可能。
※BSC（Balanced score card）：戦略マップとスコアカードから構成される。
①「財務」②「顧客」③「内部プロセス」④「学習と成長」の4つの視点で、組織のビジョン・戦略を全職員に
誤解なく伝え、組織が一丸となって目標に向かうための仕組み

4. 目的：自治体病院の健全経営に向けて…
① 病院オープンデータ間の連結・データベース化
② 各指標の特徴付けと黒字化に向けた重要指標の選定
③ 指標のカテゴリー化とカテゴリー間の構造を分析
④ 導き出された構造から医療経営に向けた新たなアプローチを提案
4
手段
目的
病院オープンデータを用いて、自治体病院の黒字経営の策を提案する。

5. 健全な
医療経営
患者
職員
個人
経
営
社会
医
療
顧客満足度↑
従業員満足度↑
経営努力
質の追求
職場環境の改善
職員待遇の向上
高品質医療の提供
組織愛の構築
仕事への邁進
顧客ロイヤリティ向上
患者数増加
戦
略
戦
略
ﾏｰｹﾃｨﾝｸﾞ
（３C分析）
Outcome
Structure
Process
自社
競合
市場
Operating
Managingﾞ
医業収支
⇒黒字経営の指標
財務会計
黒
字
経
営
質向上に向けた直接投資
黒字経営に直結する医療
質
の
高
い
医
療
5
概念図：健全な医療経営に関係する要素と戦略マップ
【作成】神戸（2014）
カテゴリー
： 鍵となる“要素”
が潜んでいると推測され、本
研究にてデータの収集・分析
を行う箇所。

6. 6
データ リソース
財務情報、臨床成績（ＱＩ）
総務省 地方公営企業年鑑 2013年度
厚生労働省 DPCデータベース
基本情報、医療の実績
厚生労働省・各自治体
医療情報ネットワーク
市場・競合情報 2次医療圏データベースWELLNESS
マクロ ミクロ
期間 エリア 種類 病床規模
2013年 全国47都道府県 市町村立病院 20～1000床
●前提条件：６８１施設
●収集データ：約６５０項目の指標
方法：データベース構築と統計分析手法
■統計分析
単純集計
クロス集計
ジオグラフィック分析
重回帰分析
因子分析
共分散構造分析
（SEM）
※SAS JAMP12、IBM SPSS22 ※IBM SPSS Amos23※MS EXCEL2013
■データベースの構築
●対象データ：病床数200～399床・DPC導入 計90病院（マスク後）
●分析手法：

7. 結果①：病院分析用データベースの構築
7
■ 病院経営分析が可能なプラットホーム基盤構築を目的として、市町村立病院
（国立・県立病院を除く）681病院を対象とした、オープンデータ統合型のデータ
ベースを構築した。
■ 医療機関毎に約６５０の指標を収集し、合計４４万個※を超えるデータ量を蓄積。
※欠損値も計上しているため、想定値としてデータ量を記載。
○財務情報
例）経常収支、医業収支、補
助金計、室料差額収益、給与費、
減価償却費 他
○臨床成績（QI）
例）病床利用率、救急搬送数、
手術数、再入院率、死亡退院数、
MDS別件数 他
○基本情報
例）住所、２次医療圏区域、
アクセス、病床数、従業員数、
看護体制、駐車場数 他
○市場・競合情報
例）一人当たり医療費、診療
所数、病院数、介護施設数、高
齢者人口、人口密度 他
基礎集計表
病院経営 医療 ｻｰﾋﾞｽ 医療資源量 構造の分析

8. 結果②：黒字経営に向けた要因抽出
8
2014年10月
学会等発表済み
2014年11月
学会等発表済み
■ 黒字経営に影響を与える指標の明確化を目的に、「医業収支」に与える要因を重回
帰分析を用いて検討した。
■ 構築したデータベースより、300を超える指標を分析、8つの指標が抽出された。
（R2:0.66）
■ 抽出された指標は、財務指標が中心であり、医療の質に係わる指標は「病床利用
率」のみであった。
R2：0.66
自由度調整済みR2：0.63
医業収支
病床利用率
1床当たり固定資産
職員給与費計（その他）
室料差額（個室・最低額）
都道府県補助金
職員給与費計（事務職）
Ns1人1日当たり診療収入
職員給与費計（看護師）
+ 10,930千円／1%
‐ 64,674円／1円
- 902円／1千円
+ 18,131円／1円
- 3,771円／1千円
- 1,644円／1千円
- 760円／1千円
- 15,750円／1千円
※：P≦0.1、※※：P≦0.05、※※※：P≦0.01
※※
※※
※※※
※※※
※※※
※※※
：入院収益や外来収益などの医
業活動から生じる医業収益と、
給与費、材料費、経費などの医
業活動に要する医業費用との差
額金額を指す。
※
※

9. 結果③：因子分析を用いた指標のカテゴライズ
9
 重回帰分析結果および各指標間の相関係数を基に選別された20個の指標をカテゴラ
イズ（因子抽出）するため、因子分析を実施した。
 7つの因子が抽出された。さらに、因子負荷量に基づき、6つの因子に集約した。
※カイ2乗:58.973, 自由度:71, 有意確率:0.845, Kaiser-Meyer-Olkin標本妥当性:0.796
＃ 固有値
寄与率
（％）
累積寄与率
（％）
項目
因子
1 2 3 4 5 6 ー
受療行動 地域特性 入院指数 外来指数
医療・介護
ニーズ
経営収支 ー
1 5.803 29.016 29.016
X1 一日平均入院患者数 1.030 -.004 -.157 .081 .105 -.039 -.047
X2 一日平均外来患者数 .811 -.035 .209 -.408 -.195 -.003 -.067
X3 手術の数 .573 .082 .360 .073 .051 .055 .155
X4 救急車搬送の数 .449 -.075 -.081 .264 -.253 .116 .288
2 3.489 17.444 46.460
X5 人口密度 .025 .919 -.077 .195 -.195 .115 .061
X6 訪問介護 利用者数 .041 .816 .156 .089 .110 -.014 -.155
X7 基本給（事務職員） .120 .502 -.044 -.130 -.041 -.138 .307
X8 基本給（看護師） -.115 .456 .016 -.010 -.044 -.176 .214
3 1.551 7.757 54.217
X9 患者１人１日当たり診療収入（入院） .012 -.146 .831 .167 -.081 .036 .117
X10 死亡退院数 -.033 -.072 -.730 .115 -.127 .080 .092
X11 室料差額（個室：最高額） -.180 .384 .637 -.143 .039 .119 .014
X12 病床100床当たり職員数（医師） .220 .228 .629 .038 -.025 .056 -.149
4 1.431 7.154 61.370
X13 患者１人１日当たり診療収入（外来） -.048 .012 -.019 .857 .092 -.061 -.097
X14 患者100人当たり検査件数 -.010 .127 -.050 .435 -.084 -.064 -.058
5 1.199 5.995 67.365
X15 地域における１人当たり介護費 .070 -.173 -.008 -.073 .831 .015 .168
X16 地域における１人当たり医療費 -.130 .025 .106 .047 .634 .186 -.052
X17 他院からの紹介率 .311 .131 .124 .111 .379 -.175 .317
6 1.026 5.130 72.496
X18 補助金計 .111 .000 -.127 .145 -.060 -.690 .036
X19 医業収支 .206 -.032 -.216 .013 .166 .688 .073
7 0.799 3.997 76.492 X20 病床100床当たり職員数（看護部門） .166 -.192 .427 .360 -.078 -.077 -.540
※因子抽出法：最尤法、回転法：プロマックス法

10. 結果④：カテゴリー間の関連性検討と新たな構造提案
10
 因子分析により集約されたカテゴリー（因子）を潜在因子とし、また分析に用いた
20の指標を観測変数として、潜在因子間の関連性を確認するため、共分散構造分析
を行った。
 仮説モデルで想定していた、「医療・介護ニーズ」「受療行動」間のパスは非有意
であり、「外来指数」「経営収支」間のパスも非有意であった。一方で「地域特
性」「入院指数」間に新たな関連性が確認された。
GFI：0.807、AGFI：0.739
CFI：0.915
RMSEA：0.072 ＊p<0.05 ＊＊p<0.01 ＊＊＊p<0.001 有意： 非有意：
地域
特性
経営収支
外来指数
入院指数
受療行動
医療・介護
ニーズ
0.24
-0.53
0.79
0.75
0.54
-0.64
＊＊＊ ＊＊＊
＊
＊＊＊
＊＊＊
＊＊0.40
＊＊＊
仮説モデル
2 6
4
3
1
5

11. 考察①：新たな構造・視点と病院戦略マップへの応用
11
 既存の戦略マップの概念※である「財務」「顧客」「業務プロセス」「学習と成長」とい
う視点に対して、本研究にて示唆された新たな４つの視点（6つのカテゴリー）を統合す
ることにより、病院戦略マップとして更なる発展が期待できると考えられる。
 各カテゴリーには、それぞれ鍵となる指標が存在する。本研究にて特定された指標を当
てはめることで、既存の戦略マップにはない科学的な目標設定に繋がると考えられる。
【出典】※既存の視点： 熊川寿郎(2004)「バランスト・スコアカードとは何か」看護管理,14(01)
新たな視点 既存の視点※
トップダウン構造ボトムアップ構造
入院指数
受療行動
省略
外来指数
●一日平均入院患者数
●一日平均外来患者数
●手術の数
●救急車搬送の数
●他院からの紹介率
●患者１人１日当たり診療収入(入院)
●死亡退院数
●室料差額（個室：最高額）
●病床100床当たり職員数（医師）
●病床100床当たり職員数(看護職員)
●人口密度
●訪問介護利用者数
●基本給（事務職員）
●基本給（看護師）
医療介護ニーズ
●地域における１人当たり介護費
●地域における１人当たり医療費
経営指標
●医業収支
●補助金計
●ほか
健全な病院経営に向けた新たな戦略マップ[案]
地域特性
財務
顧客
業務プ
ロセス
学習
と成
長
経営
収支
医療
サービ
ス
受療行動
環境・市場

12. 12
考察②：病院オープンデータの可能性と今後の課題
 自治体病院においては、様々な病院オープンデータが存在し、それらを活用することで、
黒字経営に向けた策の提案が可能である。特に現在では、経営指標だけでなく、DPC
データを始めとした医療の質に関する指標も公開されており、経営の質と医療の質の両
側から、病院経営を分析・検討することが可能となっている。このように、病院オープ
ンデータの活用は、医療経営にとって今後も重要な情報資源になりうると考えられる。
 病院の黒字化に向けた策として、本研究では次の事項について検討し、統計的に有意な
結果を示すことができた。このような科学的な検討結果および提案は、これまで経験と
感で意思決定されてきた事項に対して、一定の効果を示す可能性を秘めている。
1. 経営指標に有意に影響をおよぼす指標の提案
2. 指標のカテゴライズとカテゴリー間の関連性、新たな医療サービス構造式の提案
3. カテゴリー間の関連性に基づいた新戦略マップの提案と科学的な目標設定の提案
 一方で、統計的アプローチは、机上の空論となる可能性も否定できない。そのため、今
後の課題としては、実際の実務において活用し、その成果を確かめていく必要がある。
 自治体病院は、採算性に係わらず、地域に必要な医療サービスを提供する責務を持って
いる。それゆえに、経営の黒字化は予てからの課題であり、その切り口を提案していく
ことは、とても意義のあるものである。ただ、自治体病院数は、日本に存在する全医療
機関数の約15％※であり、医療全体に対するインパクトは大きいとは言い切れない。それ
を踏まえ、今後は自治体病院のみに係わらず、全体の約67％※を占める民間病院において
も、データ分析に基づいた医療経営への調査・分析を行い、施策の提案を行っていくこ
とが重要と考えられる。
【出典】※ 厚生労働省「医療施設調査（2013）」

13. ご静聴ありがとうございました
13

14. 参考資料
14

15. 参考文献
• 総務省「地方公営企業年鑑（2012）」
• 月刊「集中」,2013(11)
• 厚生労働省「国民医療費の概況（2012）」
• 熊川寿郎(2004)「バランスト・スコアカードとは何か」看護管理,14(01)
• Kaplan,R.S.（2001）On Balance,73-78
• 高橋淑郎（2011）「BSCの基本構造と原則」病院,70(6)
• 熊川寿郎(2004)「バランスト・スコアカードとは何か」看護管理,14(01)
• 高橋淑郎(2011)「社会医療法人敬愛会本部BSCセンター資料『戦略マップの一例』」病院,70(2)
• Chow CW（1998）「The Balanced Scorecard」Journal of Healthcare Mangement,43(3)
• 社会医療法人敬愛会本部BSCセンター資料「スコアカードの一例：患者からの評価向上」
• 高橋淑郎（2004）「医療経営のバランスト・スコアカード」
• 大坪徹也(2008) 自治体病院の医業収支推移に関する規模別要因分析 / 日本公衆衛生雑誌,55(11)
• 河口洋行（2005）多変量解析を利用した民間病院の経営指標のベンチマーキング手法 / 医療と社会,15(2)
• 多田昌弘(2014) 我が国の医療バランスト・スコアカード導入 / 商学討研究,65(2)
• 岩佐嘉美 (2014) 自治体病院におけるバランスト・スコアカード導入と財務指標の相関関係 / 日本医療経営学会
誌,8(1)
• 乙政佐吉 (2011) わが国製造企業におけるバランス・スコアカードの効果に関する実証的研究 / 原価計算研究,35(2)
15