1年目初期研修医向けの救急での腹痛レクチャー

1. 初期研修医コアレクチャー2015
耳原総合病院 初期研修医 小滝 和也
監修：外科Dr
腹痛 ― 鑑別を挙げるコツ —

2. 腹痛ギライの理由
• 腹痛は鑑別が多すぎる
• 原因がはっきりしないことが多い
• よくpitfallにはまる
• 予想外の所見がCTに現れてびっくり

3. 腹痛の問診戦略
突発・持続か
解剖で攻める
+αで絞る
病気別問診

4. Onset ： 突然発症 , 急性発症 , 緩徐発症
Timing ： 持続痛 , 間欠痛
突発・持続 or それ以外
突然発症：詰まる/破れる/捻れる
詰まる：心筋梗塞、SMA塞栓、腎梗塞/脾梗塞
破れる：大動脈瘤解離・破裂、消化管穿孔
子宮外妊娠破裂、肝細胞癌破裂、卵巣出血
捻れる：絞扼性イレウス、卵巣・精巣捻転

5. “突然発症”の聞き方レパートリー
• 突然痛くなりましたか？ ⇒ 大体「はい」と答える
• 痛くなった瞬間は何をしていましたか？
• 痛みが０からいきなり100になりましたか？
• いきなりスイッチを入れたみたいに痛くなりましたか？
• ほんの１、２秒で痛みがピークに達しましたか？
「今日の朝は通常通り
ご飯を食べました」いつまでは通常通り
だったのか、必ず確認！
onset

6. 持続痛 間欠痛
体性痛 内蔵痛
膜の痛み
（壁側腹膜・胸膜）
管の痛み
（消化管、尿管）
局在あり 局在なし
“持続痛” or "間欠痛"
圧痛点がピンポイント
腹部所見に再現性がある
圧痛点が不明瞭
腹部所見に再現性がない

7. “間欠痛”の聞き方レパートリー
• 波のある痛みですか？
• 強くなったり弱くなったりしますか？
• １番痛いときはありましたか？
• １番楽なときはありましたか？
• ピークはいつですか？
• 1番痛いときが10点なら、今は何点ですか？
• 痛みがゼロになることはありますか？
• 強い痛みは何分おきに来ますか？
• 強い痛みは１回にどれくらい続きますか？

8. Copeより抜粋
間欠痛のイメージ

9. カーネット徴候(Carnett's sign)
腹痛の原因が腹壁にあるか腹腔内にあるか判断する身体所見
（感度 78% 特異度 88%）
方法
1. 患者は仰臥位で両腕をクロスさせて胸に置く
2. 最強圧痛点を確認し、検者はその場所に手を置いたまま
3. 患者の頭部と両肩がわずかに浮く程度に挙上させ腹部の
筋肉を緊張させる
判定
陰性：圧痛減弱（内臓痛）
陽性：圧痛不変（体性痛）
強陽性：圧痛増強（体性痛）

10. 解剖 〜部位×システム〜
胸部
腹部
皮膚・筋骨格
代謝（例：DKA,高Ca,副腎不全）
消化管 肝胆膵
婦人科 泌尿器
大血管
心臓
肺

11. 右上腹部 左上腹部
心窩部
右下腹部
腹部と背部
臍周囲
左下腹部臍下部
腹部全体

12. 心窩部
◯消化器
胃潰瘍、十二指腸潰瘍、腸閉塞、大腸炎、憩室炎、虫垂炎
胆嚢炎、胆石症、胆管炎、肝膿瘍、肝炎、肝腫瘤、膵炎
◯心・血管
急性冠症候群、心筋炎、心内膜炎、心外膜炎、大動脈解離、
上腸間膜動脈解離、上腸間膜動脈閉塞
◯腎・尿路
腎結石症、腎盂腎炎、尿管結石、腎梗塞、副腎梗塞
◯呼吸器
肺炎、肺塞栓、胸膜炎、膿胸

13. 左上腹部
◯消化器
食道破裂、食道炎、食道痙攣
胃潰瘍、胃炎、脾梗塞、脾膿瘍、脾
捻転、脾動脈瘤、憩室炎、虚血性腸
炎、腸閉塞、左側虫垂炎、膵炎
◯心・血管
急性冠症候群、心筋炎、心内膜炎、
心外膜炎、大動脈解離、上腸間膜動
脈解離、上腸間膜動脈閉塞
◯腎・尿路
腎結石症、腎盂腎炎、尿管結石、腎
梗塞、副腎梗塞
◯呼吸器
肺炎、肺塞栓、胸膜炎、膿胸

14. 右上腹部
◯消化器
胆嚢炎、胆石症、胆管炎、大腸炎、
憩室炎、虫垂炎、肝炎、肝膿瘍、肝
腫瘤、胃潰瘍、十二指腸潰瘍、膵炎
◯心・血管
急性冠症候群、心筋炎、心内膜炎、
心外膜炎、大動脈解離、上腸間膜動
脈解離、上腸間膜動脈閉塞
◯腎・尿路
腎結石症、腎盂腎炎、尿管結石、腎
梗塞
◯呼吸器
肺炎、肺塞栓、胸膜炎、膿胸
Fitz-Hugh-Curtis症候群

15. ◯消化器
便秘、腸閉塞、大腸悪性腫瘍、大腸炎、
炎症性腸疾患、大網感染、憩室炎、鼠
径ヘルニア
◯心・血管
大動脈解離、動脈瘤破裂
◯腎・尿路
前立腺炎、精巣上体炎、尿管結石、尿
路感染
◯産婦人科
異所性妊娠、子宮内膜症、卵巣出血、
卵巣嚢胞破裂、卵巣茎捻転、子宮筋腫、
骨盤腹膜炎
◯その他
腸腰筋膿瘍、後腹膜出血
左下腹部

16. 右下腹部
◯消化器
虫垂炎、大腸炎、憩室炎、炎症性腸
疾患、胆嚢炎、膵炎、鼠径ヘルニア
◯心・血管
大動脈解離、動脈瘤破裂
◯腎・尿路
前立腺炎、精巣上体炎、尿管結石、
尿路感染
◯産婦人科
異所性妊娠、子宮内膜症、卵巣出血、
卵巣嚢胞破裂、卵巣茎捻転、子宮筋
腫、骨盤腹膜炎
◯その他
腸腰筋膿瘍、後腹膜出血

17. 臍下部
◯消化器
虫垂炎、大腸炎、憩室炎、炎症性腸疾患、過敏性大腸炎
◯腎・尿路
膀胱炎、尿管結石、腎盂腎炎、尿閉
◯産婦人科
異所性妊娠、子宮筋腫、卵巣腫瘍、卵巣茎捻転、骨盤腹膜炎、
つわり

18. 臍周囲
◯消化器
虫垂炎、小腸閉塞、腸蠕動による疝痛、膵炎
◯心・血管
腸間膜動脈閉塞、腹部大動脈瘤
◯その他
脊髄癆、急性緑内障による腹痛、尿膜管遺残症

19. 腹部全体
◯消化器
消化管穿孔、絞扼性イレウス、急性胃炎、腸炎、膵炎
◯心・血管
腸間膜動脈閉塞、大動脈瘤破裂、大動脈解離、腸間膜静脈血栓
◯その他
糖尿病性ケトアシドーシス、アルコール性ケトアシドーシス、
急性ポルフィリン症、鉛中毒、アレルギー性紫斑病

20. 腹部と背部
◯消化器
膵炎、脾梗塞
◯心・血管
大動脈解離、動脈瘤破裂
◯腎・尿路
尿管結石、尿路感染、腎梗塞
◯その他
帯状疱疹、圧迫骨折、腸腰筋膿瘍、
後腹膜出血

21. +αで絞る（ROS）
• 腹痛＋発熱
― 感染症を考えたROS
• 腹痛＋消化器症状
（嘔吐/下痢、血便/下血、排便/排ガス）
― 頻回の水様性下痢があれば、まず消化管
― 1,2回の下痢は信用しない
― 嘔吐だけでは絞れない
• 腹痛＋肝胆膵症状（食事・酒との関係）
• 腹痛＋泌尿器症状（血尿）
• 腹痛＋婦人科症状 ※後述
• 腹痛＋胸部症状
回数が大事

22. +αで絞る
• 腹痛＋婦人科症状
−妊娠に関して
妊娠の可能性
避妊の有無・方法
STDの既往、パートナーの数、MSM
−生理に関して
最終月経、２回前の月経
月経周期、量と期間
不正性器出血、帯下の異常
5Psで問診
Partner
Practice
Pregnancy
Protection
PMH of PID

23. 痛みのOPQRST
O（Onset）：突然発症、急性発症、緩徐発症
P（Position）：場所
Q（Quality/Quantity）：痛みの性状、○/10
R（Radiation）：放散痛
S（Symptom）：随伴症状
T（Timing）：間欠的、持続的、増悪、軽快
A（Alleviating/Aggravating factor）
：増悪寛解因子（食事・酒・姿勢・薬な
ど）

24. 提案：POTSを先に
ー 時間制約を考慮した順番で
実践的OPQRST
強弱のある
問診を！
P：１番痛いところを指さして下さい
O：いつからですか？（日,時間,分）
※いつから食事がとれなくなったか？（具体的な摂食状況）
O：突発、急性、緩徐？
T：持続痛、間欠痛？ 今も痛い？
S：随伴症状は？
既往歴：腹部手術歴

25. 病気別問診
• 急性虫垂炎
• 急性胆嚢炎
• 上部消化管穿孔
• イレウス（癒着、絞扼）
• 急性膵炎
• 急性腸炎
• 虚血性腸炎
• 子宮外妊娠
• 卵巣茎捻転
• 卵巣出血
• PID
問診してみよう。

26. Common diseaseの
typical presentationを
知っておく
再現VTRのように

27. 病気別問診（各論）
• 急性虫垂炎
ー 心窩部痛 → 嘔気 → 右下腹部痛 → 発熱
ー 緩徐発症で間欠的な心窩部痛/持続的な右下腹部痛
ー 歩行で響く
ー 急に痛みが楽になった（穿孔）
• 急性胆嚢炎
ー 心窩部痛 → 右季肋部痛
ー 胆石の既往、脂物で増悪（とも限らないが）
• 上部消化管穿孔
ー 突然発症、上腹部の激痛
ー 食事前後の痛み
ー 心窩部痛の既往
ー risk：ピロリと薬（NSAID/ステロイド/抗血小板薬）

28. 病気別問診（各論）
• 急性腸炎
ー 腸炎の４拍子
①頻回の嘔吐 ②頻回の水様性下痢 ③間欠的腹痛 ④腹部に圧痛なし
ー 周囲に同様の症状、生もの摂取歴
• 虚血性腸炎
ー 急性発症
ー 腹痛 → 下痢→ 血便
ー risk：便秘、動脈硬化

29. 病気別問診（女性）
１．子宮外妊娠破裂
突然発症、持続痛、不正性器出血
妊娠の可能性、最終月経・その前の月経
２．卵巣茎捻転
突然(急性)発症、持続痛、卵巣腫瘍の指摘
３．卵巣出血
突然発症、持続痛、不正性器出血、性行為中の発症
４．PID
PIDの既往、不正性器出血、帯下の異常、発熱
数日前に生理中の性行為、見た目

30. 月経を基準に考える

31. 耳原総合病院ER
2014.5.12(月)、5.13(火)の腹痛症例
2014.5.12（月）
64M 心窩部痛 総胆管結石
34M 心窩部痛 腸炎
19F 右下腹部痛 胃炎？
35M 心窩部痛 ？
55M 腹痛 腸炎
32F 下腹部痛 腸炎？
65F 左側腹部痛 胸膜痛？
43F 腹痛 腸炎
33F 心窩部違和感 ？
82F 下腹部痛 ？
25F 腹痛 ？
25F 腹痛 ？
2014.5.13（火）
71F 腹部膨満感 癒着性イレウス
55F 腹部膨満感 腹水
44M 右側腹部痛 胆石？右腎結石？
84F 左側腹部痛 打撲
85M 腹痛 帯状疱疹後神経痛？
69F 心窩部痛 腸炎？
95F 左側腹部痛 麻痺性イレウス
90F 心窩部痛 膵癌 癌性疼痛？

32. 腹痛は
原因が分からないことも多い
安易な診断名をつけない

33. NGカルテ
A/P）
＃．右下腹部痛
s/o 急性虫垂炎、PID、腸炎、尿路結石
大動脈解離、卵巣出血、子宮外妊娠破裂
A/P）
＃．急性胃腸炎
心窩部痛、嘔吐、下痢があるので急性胃腸炎
と診断し整腸剤を処方した。
鑑別多すぎ。結局どれを疑っているのか分からない。
急性虫垂炎でカムバック。安易に急性胃腸炎と書くべからず。

34. 初期診療アルゴリズム
バイタルサインからのABCD評価
ABCD異常なし ABCD異常
緊オペ or 転送
● 酸素投与
● 静脈路確保
● ポータブルXp
● 心電図・モニター装着
● ポータブルエコー
● 腹部CT(不可能なことも)
治療と並行で病歴聴取を！
超緊急
● 急性心筋梗塞
● 腹部大動脈瘤破裂
● 肺動脈塞栓症
● 大動脈解離(心タンポ)
緊急
● 肝癌破裂
● 異所性妊娠
● 腸管虚血
● 重症急性胆管炎
● 汎発性腹膜炎
顔色不良・不穏
四肢末梢冷感

35. 病歴からの手術必要性の評価
緊オペ or 転送
● 心電図
● 血液ガス分析(PaO2・PaCO2・PH・HCO3・血糖・乳酸値)
● 血液・尿検査(血算・電解質・肝機能・腎機能・リパーゼ/アミラーゼ・血糖値・CRP・心筋逸脱
酵素・肝炎ウイルスマーカー・血液培養・尿定性・妊娠反応など)
● 腹部超音波検査(出血、腹水、臓器の炎症、胆石、水腎症など)
● 腹部(造影)CT検査
追加検討 or 保存的治療
病歴
● +αの主訴(発熱・嘔気嘔吐・下痢・下血・無尿)
● 内服歴(NSAIDs)
● 既往歴(手術歴・冠動脈疾患・糖尿病・高血圧・
アレルギー・不整脈)
● 喫煙歴、飲酒歴
身体所見
● 腹膜刺激症状の有無
● 手術痕・ヘルニア・拍動性腫瘤・大腿動脈の拍
動の触知・撓骨動脈の拍動の触知
1. 発症機転
a. 激痛、突然発症、進行性増悪
2. 腹部身体所見
a. 内臓痛か体性痛か？
b. 部位
3. 手術を要する病態の合併？
a. 出血
b. 臓器の虚血
c. 汎発性腹膜炎
d. 臓器の急性炎症

36. 結局のところ
緊急他科コールが必要な腹痛
外科、産婦人科、泌尿器科
循環器内科、心臓血管外科
消化器内科
腹
痛
自分で診れる腹痛

37. 急性虫垂炎
● この順番で半日〜２日かけて
P：pain（緩徐発症で間欠痛）
A：anorexia（食欲不振、嘔吐）
T：tenderness（右下腹部痛）
F：Fever（発熱）
L：Leucocyteの上昇（WBC上昇）
● 痛み→嘔吐の順番
※嘔吐（上）→腹痛（下）はOK
※腹痛（下）→嘔吐（上）は怖い
● 診断がつかないときは、翌日フォロー（２日後では遅い）
pitfall率
No.1
誤
診
多
い

38. 急性腸炎
• 腸炎の４拍子
１．頻回の嘔吐
２．頻回の水様性下痢
３．間欠的な腹痛（心窩部、臍周囲）
４．腹部に圧痛なし
外山Drから一言「嘔気→（腹痛）→下痢」の順番
どこで来るかは分からない
• 周囲に同様の症状、生モノ摂取歴もヒント
腸炎
自然に治る
腸炎
抗菌薬が必要な
腸炎
ごく一部だけ。
血便、高熱、海外帰りは要注意
1,2回の下痢は
信用しない！
（AAA rupture）

39. 瀬恒語録
• 腹痛は分からないことも多いよね。診断
がつかないのが７割って言うじゃない。
• でも、胸痛よりは気が楽だよね。
• 胸痛みたいにすぐ急変しないし。
• 「ここが痛いです」って言ってくれてる
んだもんね。
• ブスコパンはここ数年静注で使ってない
けど困ってないよ。
• 腹痛はお腹を触らないと始まらない。

40. 参考文献
• ブラッシュアップ急性腹症
• あの手この手で攻める！腹痛の診断戦略
• レジデントノート2009「腹痛」
• レジデントノート2013「女性の腹痛」