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服部ゼミ自主勉強会
:『サピエンス全史』を読み解く
hattori-yasuhiro-kp@ynu.ac.jp twitter: hatto525
横浜国立大学大学院国際社会科学研究院
准教授
服部泰宏
パート1
『サピエンス全史』の内容理解
135億年前 物質とエネルギーが現れる。物理現象の始まり。原子と分子が現れる。化学現象の始まり。
45億年前 地球という惑星が形成される。
38億年前 有機体(生物)が出現する。生物学的現象の始まり。
600万年前 ヒトとチンバンジーの最後の共通の祖先。
250万年前 アフリカでホモ(ヒト)属が進化する。最初の石器。
200万年前 人類がアフリカ大陸からユーラシア大陸へ広がる。異なる人類種が進化する。
50万年前 ヨーロッパと中東でネアンデルタール人が進化する。
30万年前 火が日常的に使われるようになる。
20万年前 東アフリカでホモ・サピエンスが進化する。
7万年前 認知革命がおこる。虚構の言語が出現する。歴史的現象のはじまり。
ホモ・サピエンスがアフリカ大陸の外へ広がる。
4万5000年前 ホモ・サピエンスがオーストラリア大陸に住みつく。オーストラリアの大型動物が絶滅する。
3万年前 ネアンデルタール人が絶滅する。
1万6000年前 ホモ・サピエンスがアメリカ大陸に住みつく。アメリカ大陸の大型動物相が絶滅する。
1万3000年前 ホモ・フローレシェンシスが絶滅する。ホモ・サピエンスが唯一生き残っている人類種となる。
1万2000年前 農業革命が起こる。植物の栽培化と動物の家畜化。永続的な定住。
5000年前 最初の王国、書記体形、貨幣。多神教。
4250年前 最初の帝国--サルゴンのアッカド帝国。
2500年前 硬貨の発明--普遍的な貨幣。ペルシャ帝国--「全人類のため」の普遍的な政治的秩序。
インド仏教--「衆生を苦しみから解放するため」の普遍的な真理。
2000年前 中国の漢帝国。地中海のローマ帝国。キリスト教。
1400年前 イスラム教。
500年前 科学革命が起こる。人類は自らの無知を認め、空前の力を獲得し始める。
ヨーロッパ人がアメリカ大陸と各海洋を征服し始める。
地球全体が単一の歴史的領域となる。資本主義が台頭する。
200年前 産業革命(一般的にはこれもエピックメイキング)が起こる。家族とコミュニティが国家と市場に
とって代わられる。動植物の大規模な絶滅が起こる。
今日 人類が地球という惑星の境界を超越する。核兵器が人類の生存を脅かす。
生物が自然選択でなく知的設計によって形作られることが多くなる。
未来 知的設計が生命の基本原理となるか?ホモ・サピエンスが超人たちに取って代わられるか?
サピエンス全史に記載された年表(pp. 9-11)
人類(ホモ・サピエンス)は、
「空想的虚構:実際には存在しないが広く信じられる空想、想像上の産物」
を構想できたからこそ、繁栄した。
・・・・ということになる。具体的には、3つの革命が取り上げられている。
サピエンス全史が問うたことを、一言で言うならば・・・
(1)認知革命 7万年前
偶然発生した遺伝子の突然変異により、言語を使った意思疎通が可能になった。
重要なのは、「全く存在しないもの」についての伝達が可能になったと言うこと。
例えば「川の近くにライオンがいる」という情報であれば、他の動物でも伝達することができるが、
「ライオンは我が部族の守護霊だ」と言うことは言語を介さなければ伝達できない。
=>「言葉」によって伝説や神話、宗教(神)をイメージし、集団で共有することが可能になった。
これが無数の他人との「協働」を、極めてきめ細かいレベルで可能にした。
例えば霊長類研究では、チンパンジーの群れの平均は20〜30頭であることがわかっているが、100頭
を超える個体が集団を形成している例は、ほとんど観察されていない。
社会学の研究でも、(なんらかの制度や仕組みなしに)人間の集団が親密なまとまりを保つことができる上
限は150人であることがわかっている。
にもかかわらず、サピエンス150人をはるかに超える組織を形成し、ピラミッド建設からアポロ計画に至
るまで、数々の偉業を成し遂げてきた。
=>「王国」「神話」「東西冷戦(あるいは資本主義の相対的優位性)」といった虚構をイメージし、信じ
てきたからこそ、150人という限界を突破できた。
・・・そう考えてみると、トヨタ、リクルート、NTT、JRといった企業も、実は(本人格という法的な議論
を別にすれば)、実体のない虚構にすぎないと気づく。例えば、「銀行がトヨタにお金を貸す」って
いうけれど、それってどういうことなのか?
3つの革命について、
(2)農業革命 1万2000年前
農業革命の本質は、端的に言えば、手に入る食の総量の飛躍的な増加。
しばしばこれを「食料の安定共有による生活の安定」と捉える議論があるが、それは間違い。
食料の増加は人口爆発を招き、食料をめぐる部族間の紛争、そして飽食する支配層と食に事欠く被支配層を
生んだ、というのが現実。
考古学者の研究成果は、むしろ、狩猟採集民よりも(低位の)農耕民の方が生活に困窮していたことを明ら
かにしている。
=>「農業革命は、史上最大の詐欺であった」(p. 107)
ただし、手に入る食の総量の増加によって、「国家」という虚構が生み出されたことが、サピエンスの歴史
に大きな影響を与えた。食料の膨大なストックが、狩猟採集民の想像をはるかに超える単位の集団の維持を
可能にした。
=>この「国家」の維持・形成にも、「虚構」の存在が大きく関わっている。メソポタミア文明からローマ
帝国、アメリカ合衆国に至るまで、「国家」の維持・形成を支えていたのは、王の人格や能力に対する信頼
ではなく、共有された「神話」であり「宗教」に他ならない。
ハンムラビ法典(e.g.目には目を)や合衆国憲法(e.g.人民主権)なるものが言語化され、共有され、そこに
含まれる原理を人々が信じることで、社会が成立しているのだ。冷静に考えれば、これらが説く原理には、
なんの客観性も正当性もない。「なぜ、悪いことをした人には罰を与えなければならないのか」「なぜ人民
は平等に主張し生存する権利を有するのか」ということに対して、論理的に答えるのは案外難しい。
3つの革命について、
(3)科学革命 500年前
イスラム教、キリスト教、仏教・・・近代以前の知識の伝統は、「この世界について知るべきことを、我々
はすでに知っている(あるいは、少なくとも、神は知っている)」と考えてきた。このロジックに立つと、
「だからこそ、凡人は、聖書や経典を読んたり、神に祈ったりして精進しなさい」ということになる。
ところが近代科学の登場は、我々が「無知」であることをさらけ出してしまった。端的に言えば、この革命
の最大のインパクトは「無知」の発見にある。コペルニクスやガリレオが、なぜ、宗教組織にとって脅威で
あったかは、容易に想像がつく。
(経営学を含めた)近代科学の基本的な考え方は、
①私たちには知らないことがあるという立場にたち、
②その上で、現実を観察し、(主として)数学的なツールを使ってそれを知ろうとし、
③そのことによって新たな力を手にいれる、
という点にある。
この「近代科学」が「資本主義」や「帝国」といった(これまた)虚構と結びつき、お互いがお互いを増幅
することで、過去500年のサピエンスは飛躍的に発展してきた。
3つの革命について、
いま仮に、起業家Aさんが100万円を稼ぎ、これをY銀行に現金で預金したとする。
この預金によって、Aさんの銀行口座は100万円になり、Y銀行の金庫には100万円の現金
が入れられたことになる。
ちょうどその時、Bさんがある画期的な製品を開発し、そこにビジネスのチャンスを見出したと
しよう。これをリリースすれば絶対にうまくいくという自信があるのだけれど、Bさんには、そ
れを広告したり、売り込んだりするだけの資金がない。そこでBさんは、Y銀行に依頼をし、担
当者から100万円の融資を受ける約束を勝ち取った、とする。
Bさんの口座には、さっそくY銀行から100万円が入金され、それを元に、その製品の広告・
宣伝、販売ルートの確保に関する契約を外部の業者を結び、その代金として100万円を支払
った。
で、その業者がたまたま上記のAさんだったとする(あくまで、わかりやすく、話を単純化する
ために)。この時、Aさんの貯金通帳に記された残高は200万円(元々の100万円+Bさん
から得た100万円)だが、実際にY銀行の金庫にあるのは、依然として100万円のまま。
なぜこういうことになるか・・・・・
資本主義が「虚構」に対する想像力に支えられていることを理解する例
Y銀行は確かにBさんに100万円を融資したし、BさんもAさんに100万円を支払って
いるのだが、どちらの場合も100万円を現金で手渡しているわけではなく、口座に記載
される数字上のやり取りが行われてに過ぎないので、その間、銀行の金庫にあるお金は一
切動いていないこと、それが理由になる。
僕たちの預金通帳に記載された預金額の多くは、実際には、銀行の金庫の中には入ってい
ない。
「銀行は一定の範囲内であれば、現時点で実際に保有している現金を超えた額のお金を融
資することができる」と法律によって定められていて、実際に銀行はその範囲内でお金を
積極的に動かしているからだ。だから仮に、僕たちみんながいま、銀行から全財産をおろ
そうと一斉にATMに走ったとしたら、その銀行はあっという間に破綻してしまいますし、
預金者たちの預金合計金額を知って、鼻息荒く銀行強盗に行った人は、確実にがっかりし
て帰ってくることになるわけだ。
資本主義が「虚構」に対する想像力に支えられていることを理解する例
・・・・というような仕組みであるにもかかわらず、
実際には大きな混乱なく経済が回っているのは、僕たち人間に、「架空の未来への信頼」
をする能力があるからに他ならない。
ここでいう信頼には、
(1)Bさんのビジネスはうまくいくであろうという、Y銀行側の信頼と、
(2)将来、お金が必要になった時にY銀行がちゃんとお金を支払ってくれるという、
Aさんの信頼
の2つが含まれる。
この2つは微妙に意味が違うわけだけれど、いずれも、まだ実現していない、その意味で
本当にそれが実現するかどうかが不確定な架空の未来に対して、「きっと大丈夫だろう」
と思い込み、疑わないことに関わっている。
資本主義が「虚構」に対する想像力に支えられていることを理解する例
パート2
『サピエンス全史』からビジネスへの洞察を得
る
12
A社 B社
革新の範囲 ・募集から採用通知に至る全範囲 ・募集と最終面接を除く選抜のほぼ全範囲
革新以前の状態 ・ナビサイトを使用した通常の採用
・その後しばらく新卒採用が停止
・地方の求人媒体を使用
・SNSを用いた募集
外部環境への認
識
・企業の急成長による「優秀な」人材への組織内需要の
高まりの認識
・2016年卒採用への危機感
・企業の成長鈍化による「優秀な」
人材への組織内需要の変化の認識
・既存の採用への問題意識
担当者の裁量 ・人材像・人材要件の策定、プロジェクトチームメン
バーの選択や採用フロー全体の設計の選択を含めた幅
広い権限を保有
・上司は適宜アドバイスを提供
・人材像・人材要件の策定、採用フロー全
体の設計、メディア戦略を含めた幅広い
権限を保有
・経営者が適宜アドバイスを提供
社内外の支援体
制、使用できる
リソース、情報
源
・経営トップからの採用革新への指令
・かつての上司からの支援
・革新への経営者の懐疑、やがて理解
・経営者からの支援
革新のプロセス
における特筆す
べき事項
・事業内容から人材像を導出
・フレーズが早期に登場
・社内マーケターのアイデア
・社内の既存メンバーの分析から求め
る人材像を導出
・フレーズが早期に登場
採用革新企業のケース分析のまとめ
13
自社の採用を「比喩」で考えてみる
・いずれの革新的ケースにおいても、個別具体的な選考の内容が確定する前に、「●●●●●採用」と
いう包括的なコンセプトの方がまず登場している。
まず選考スタイルを選べるようにしようという事を考えておりまして、それとほ
ぼ同時に、●●●●的に選べる、「●●●●●採用」にしようと思いついた
のです。ですから、内容じゃなくて、ある意味でフレーズが先に出てきたことにな
ります。そのあとに、具体的にどういう選考が良いか、という個別の入り口を考えた
という順番になります。(製造業S B氏)
「就職・採用活動って、よく恋愛や結婚によく例えられるよね」という意見をあるメンバー
が言って、「それを選考にしたら面白いね」という風に他のメンバーが食いついた。この
「恋愛」というキーワードが出た時に、5人のメンバーの中でとても腑に落ちたんです
よね。で考えて、「●●●●●」っていうフレーズが出てきた。
そこからは一気に議論が具体的になっていった。《ITベンチャーI U氏》
・これらは、自社のこれまでの採用活動を、それと似た特徴を持ったより単純な何かの
アナロジーで捉え、それがいかなる意味で問題を抱えており、新たにどのようなアナロジー
へと転換する必要があるのか、そのアナロジーを具現化するための採用活動とは、具体的に
どのようなものであるのか・・・というプロセスを経る。
14
なぜ比喩(とフレーズ)が重要なのか?=>フレーズの重要性
・「●●●●●●採用」といった比喩を伴うフレーズは、採用革新の具体的な内容が確定す
る
前の段階で、いわば採用活動を作り上げるための“プロトタイプ(ものづくりの世界で
行いう試作品)”の役割を果たしたと、服部はみている。
・比喩を伴うフレーズは、「企業と求職者の関係」に関する担当者の、メンバーの意識
を顕在化させる。
・こうしたフレーズが登場することで、採用活動を行う担当者たちに、自社の採用
活動の完成イメージが提供され、アイデアの方向性が定まり、アイデアの範囲が
限定された。少なくとも、メンバーにはそう感じられた。
・興味深いことに、実際には、メンバーの間でイメージの共有が完全に行われたわ
けではない。にもかかわらず、こうしたフレーズによって、メンバーは目指すべ
き採用の方向性が「共有されている」という感覚(錯覚)を持った。
・そのことがメンバー間の信頼をもたらし、議論を活発化させ、革新の遂行に寄与
した。
=>無形のものを作り上げている仕事であるからこそ、
メンバーの想いを束ね、イメージの共有(という幻想?)を可能にし、
方向感覚をもたらす「仕掛け(それが、フレーズ)」だったのではないか。
イノベーションとは「空想的虚構」を製品なりサービスへと具現化することであ
り、多くのイノベーションの背後には、そのプロセスを駆動する叡智があった。
日本が誇るものづくり企業は、無形のものを作る叡智をたくさん持っている。
試作品、粘土を使ったプロトタイプ、コンセプト作りなどがその1つ。
では無形のものを作り上げる人事は??採用はどうか??
・・・・答えは1つではないが、私は、「比喩(アナロジー)」であり、
それを「フレーズ」にしてみることにあったとみている。
パート3
『サピエンス全史』を超えていく
17
さらなる読書のために
ジェレド・ダイヤモンド(2012)『銃・病原菌・鉄:1万3000年にわたる人類史の謎』
(上下)草思社文庫。
=>なぜ人類は五つの大陸で異なる発展をとげたのか、分子生物学から言語学に至るま
での最新の知見を編み上げて人類史の壮大な謎に挑戦。
崎谷満(2008)『DNAでたどる日本人10万年の旅―多様なヒト・言語・文化はどこから
来たのか?』昭和堂
=>出アフリカした人類が、どうやって日本にたどり着いたのか。日本人は、なんなの
かということを壮大なスケールで議論。
ジョセフ・キャンベル(2015)『千の顔をもつ英雄〔新訳版〕』(上下)ハヤカワ・ノ
ンフィクション文庫。
=>世界中に存在する「神話」の相似形に注目し、人類の思考に潜在する共通の枠組み
に迫る。ジョージルーカスは、どのようにスターウォーズの着想を得たか。

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